構成文化財
23先山千光寺せんざんせんこうじ
先山は標高448m、地元では淡路富士という愛称で親しまれています。
名前の由来は、国生み神話で伊弉諾尊、伊弉冉尊の二柱の神が国を創る際に一番最初に創った山であるため「先山(せんざん)」と呼ばれるようになりました。
先山の頂上に位置する千光寺は古くから信仰の対象であり霊場として、多くの人が今も訪れる場所です。
そのすぐ下方には天の岩戸に姿を隠した天照大神を祀る岩戸神社があります。豊かな自然の中にある国生み神話ゆかりの地です。
千光寺の歴史
千光寺の歴史は、901年播州上野(兵庫県宍粟市)にいた為篠王(いざさおう)という猪と猟師:忠太(ちゅうた)の話から始まります。山中で忠太が為篠王を射ると、為篠王は海に飛び込みました。そして、淡路島の北部に上陸し先山まで逃げました。忠太が血の跡を追っていくと、大杉の洞穴の中から光り輝く千手観音像を見つけました。その観音像の胸には矢が刺さっていたそうです。忠太は発心(ほっしん)(注)し、名を寂忍(じゃくにん)と改め観音像を安置し千光寺を興こしました。これを示すように千光寺の本堂前には、狛犬でなく狛猪が配されています。
注:発心…出家して仏門に入ること
千光寺は、室町時代に一時衰えましたが、戦国時代に再興されました。
鐘楼堂には弘安6年(1283年:鎌倉時代)と刻まれた梵鐘(ぼんしょう)があります。梵鐘は永正16年(1519年)に淡路国が乱れた際に、売り払われたのを、炬口(たけのくち)(洲本市の北側)城主:安宅秀興(あたぎひでおき)が買い戻し寄進したと追加で刻まれています。1519年は淡路守護:細川氏が阿波の三好氏に滅ぼされた年で、戦国期の混乱が千光寺まで及んでいたことが分かる貴重な文化財です。(国指定重要文化財)
ほかにも、運慶作と伝わる仁王門の仁王尊像、徳島藩主蜂須賀家政(はちすかいえまさ)によって再建された本堂、淡路島出身で北海道の発展やロシアと日本の架け橋となった江戸時代後期の豪商:高田屋嘉兵衛(たかたやかへえ)の尽力で再建された三重塔など文化財の宝庫です。
だんご転がし
淡路島では死後35日目の法要で千光寺を訪れます。参拝者は、千光寺にある崖に向かって歩いていき崖に背を向け、家で小さく握ってきた「だんご」(ピンポン玉サイズのおにぎり)を投げます。千光寺以外でも島内の高い山でも行われる、淡路島独特の風習です。
仏教で閻魔大王(えんまだいおう)は死者の魂を審判し、その行いに基づき、天国か地獄への転生を決定しますが、死後35日に死者の霊が山を登るとき、行く手を阻む悪霊の気を引くために遺族が食べ物を投げるという、いわれがあります。
| 指定等の状況 | 未指定(梵鐘は国指定重要文化財) |
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| 住所 | 〒656-0017 兵庫県洲本市上内膳2132 |
| TEL | 0799-22-0281 |
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見学自由 (土日祝祭日の午前中は駐車場が混雑しますのでタクシーをご利用ください。洲本バスターミナルより15分) |
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| 休み | 無休 |
| 料金 | 無料 |












